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理事長所信
基本理念
我々は地域の一員である。
地域の明るい豊かな未来のために、 本気で考え、全力で行動しなければならい。 我々は青年である。 子ども達のために、地球環境のために、 自由に考え、大胆に行動しなければならない。 基本方針
スローガン
良知――人に、街に、社会に、誠実であれ
所信
“地域”につながる全てのこと
「地域の青年会議所が取り組むことの全ては、その地域づくりに帰結していく」まず私たちは、そのことを忘れずに行動しなければならない。 青年会議所を半世紀以上にも亘って育んでくれたものは、紛れもなく地域の人であり、地域の風土であり、地域そのものである。時には、国家や世界を語ることもある。しかし、全ての原点は“地域”にある。 そのことは、青年会議所が地域の中で一定以上の役割を持ち続け、それに対してしっかりと責任を果たしてきたという実績にも見ることができる。各地の青年会議所の活動は、いつの時代も“市民主権”を大命題としていたと言えるだろう。“市民主権”というキーワードが世に出るかなり前から、NPOが誕生する何十年も前からのことだ。 昨今、日本青年会議所や地区協議会が取り組む活動領域は多岐に亘る。環境問題、教育問題、近現代史、安全保障、憲法問題などありとあらゆる問題の解決に向けて、そのスケールを最大限に生かして果敢に挑戦している。それらは国民である私たちにとって、どれも無視できない重要な課題ばかりである。 各地青年会議所は、そのような大きな運動を地域の実情に照らし合わせて、自らの課題として落とし込んでいくことができる。各地青年会議所という小さなギアとブロック協議会、地区協議会、そして日本青年会議所というそれぞれ大きさの異なるギアの全てが噛み合い、最大の力を発揮するのである。 我々のフィールドは地域である。同じように全国各地で展開される活動、国家という大きな枠組みで行なわれている活動、それらと歯車を合わせることで、地域での活動がより深みを増し、色濃いものになっていくということを感じながら、一年の行動を進めていきたい。 市民参画が当たり前の社会と意識醸成 ここ数年、地方行政の場では、市民参加の手法の一つとして「市民討議会」を取り入れる動きが広がっている。無作為抽出という大原則は、「声なき声」を拾い上げる。一人の市民として、「市民討議会」を通じることで、たとえ35万分の1であっても、声を発することは無駄ではない、と実感することができる。 この「市民討議会」に限らず、市民がまちづくりや行政そのものに直接参加する方法はいくつもある。大切なことは、こういった市民参画が当たり前である社会づくりとそこに参画する市民意識を変えていくことである。まずは市民が地域の出来事への関わりを深め、他人事ではなく、自分事としていくことが大切である。 そして、どんな手法を用いるにしても、地域で公正中立な立場で活動する青年会議所が関わることには大きな意味があると自負している。公正中立を標榜してきた我々の歴史と実績に自信を持って、市民主権社会確立のために行動しよう。 公共心について改めて考える 私たち一人ひとりは、社会のあらゆるつながりの中の一つの点にすぎないのであって、そのつながりを途切れさせることなく、しっかりと自らの役目を果たさなければならない。 その時、無意識のうちに“公的な私”という側面を持っていることを自覚し、日常生活や教育現場、ビジネス上において、あるいはネット社会の中など、ありとあらゆる場面で道徳感を発揮しているはずである。 公共心は、個人のあり方とは別次元のものだと言える。それを育むのは世間の空気であり、目上の人間であり、教育である。自分勝手な人に迷惑を掛ける行為を許さない空気とそれに反すれば叱る大人と教える教育。世間、大人、教育への信頼が損なわれている今、公共心を育むことは難しいことなのかもしれない。 しかし、まずは日々研鑽を重ねるJAYCEEとして、我々が範を示さなければならない。公共心という、失ってはいけない大切な精神性の一片でも伝えていきたい。 エコ・エコノミー社会の創出に向けて 環境への取り組みは大きな動きでないと意味がないのだろうか。そんなことはない。確かに、地球温暖化を地域レベルで完全に食い止めることは出来るはずがない。だからといって他人事であるはずはなく、誰かが解決してくれる問題でもない。私たち一人ひとりが主体的に責任を持って取り組まなければならない。 地球環境への関心が持たれるきっかけとなった『沈黙の春』による環境破壊の告発からせいぜい50年弱である。今では、環境問題を自然界で起こっていることとしてだけでなく、グローバル経済との因果関係について高い次元で論じられるようになっている。持続可能な経済活動として、このままのグローバル経済を引きずるのでなく、“エコ・エコノミー”という概念を我々自身の企業活動にも取り入れていく必要があるとレスター・ブラウン氏は言う。 環境問題の要諦は今の時代にできることをしっかりと捉え、意識を高く持って行動することである。緑化、地産地消、水、ゴミ削減など、どんなアプローチでも良いだろう。とにかく次世代に対して、この環境をしっかりと引き渡していく責任があり、そのための行動を取らなければならない。 我々が暮らす高崎の未来を描く 2011年4月の中核市移行を目指す高崎市。政令市に準じて、市民生活に密着した保健福祉や都市計画などの権限が委譲されることになる。私たち市民は、数年前から続く平成の大合併の意味を理解し、中核市となる意義、そしてその先にある道州制移行を伴った政令指定都市の移行を見据えなければならない。 そのような視点に立った際、高崎はどんな都市であるべきだろうか。例えば身近な話題ではどうだろう。音楽や舞台、スポーツ観戦などの機会、ショッピングを楽しむ機会をとってみても、都市機能や都市装置として充分だろうか。あるいは大きな会議や見本市などビジネス面で捉えた場合はどうだろうか。今の高崎を多面的に見て、何が足りていて何が足りないのかを探求していきたい。 また、外部から人々を迎えるとき、心から「おもてなし」の気持ちを持っていたい。誰でも、初めて訪れた土地で人々の温かさに触れると、その街に親近感を覚えるだろう。ここに暮らす一人の市民として、高崎もそんな街でありたいと思う。 機能や装置という側面、そして人々の心の在り方という側面から高崎の在るべき姿について考えていきたい。 市民が誇りに思える地域文化の創出 市民が、自分たちの街に対して誇り持つに至る要素はいくつもある。緑豊かな自然景観、有名な景勝地、国内屈指のスポーツチームなど、誇りに繋がるものはどの都市にもあるだろう。また、その地域の歴史や継承される伝統文化もその一つであり、かつ、人々が直接作り上げてきたものとして、最も心を熱くさせるものであろう。 高崎には「高崎まつり」がある。34年前の市制施行75周年に端を発する「高崎まつり」に、高崎青年会議所は深い関わりを持つ。当時の精神は、まさに市民の誇りとなるお祭りの創出を目指したものであったに違いなく、しっかりとそれは果たされてきた。 しかし、地域文化創造の時代を担ってきたこれまでの「高崎まつり」は、今まで通りでいいのだろうか。何ごとも形式主義に陥らず進歩的に変化しなければならない。「高崎まつり」を今まで以上に活力あるものとして、真に市民が誇りを持てる事業としていくために、創始団体である我々が果たすべき役割は大きいのではないだろうか。 しっかりと実行委員会と手を携えながら、中期的なビジョンを掲げて取り組んでいきたい。 公益社団法人に向けて確かな対応 今般の公益法人制度改革は、明治以来、社会の中で一定の役割を果たしてきた公益法人について、今日まで抜本的な見直しがされずに来たことで生じている諸問題への対処として実施されるものだ。 何故、青年会議所は公益法人であるべきなのだろうか。それは言うまでもなく、「明るい豊かな社会づくり」を旗印としているからである。会員の交流や研修はもちろん大切であるが、行き着くところは社会に対していかに公益であるか、である。そこには事業の質も求められる。時代を的確に捉えて、より発信性が高く、公益性の高い事業を展開していくことが求められる。 私たちは、常に社会から意識される存在であることを忘れずに、謙虚で誠実に活動しなければならない。 健全で持続的な活動のために 青年会議所が続いてきた最大の要因は、物事を決める手続きがルールに則ったものであり、そこを第一義としている点ではないだろうか。どんなに素晴らしい事業であっても担当者の独断専行は許されない。故に公正性であり中立性が担保されてきたのである。 そして、組織を構成する細胞のような個人であることを自覚し、担った職責を全うする責任感が活動と運営を支えてきた。いつの時代もよく言うところの“JC流”は必要である。 我々は自己研鑽を忘れずに、JCから得られる全てを学び、青年会議所運動・活動を継続していかなければならない。そのためには、会員拡大も求められる。同じ志を抱く青年層の拡大を目指さなければならない。 おわりに 青年会議所に何を求めるのか。青年会議所は人材育成の場となりうるが、それを目的とはしていない。各々の価値観に基づいて青年会議所活動に関わる。しかも本気で関わらなければいけない。その先に自分自身の成長があるのである。 地域に対しても我々は本気で関わらなければならない。“心”がなければ何も伝わらない。私たちの地域を変えたいのであれば、日本を変えたいのであれば、真剣にやらなければならない。 全ての会員と共に、青年会議所活動ができることに感謝し、JAYCEEであることを誇りに思い、恥ずかしくない行動で地域に貢献していきたい。 |